やま》を尻目《しりめ》にかけて、めきめきと売出《うりだ》した調子《ちょうし》もよく、やがて二|代目《だいめ》菊之丞《きくのじょう》を継《つ》いでからは上上吉《じょうじょうきち》の評判記《ひょうばんき》は、弥《いや》が上《うえ》にも人気《にんき》を煽《あお》ったのであろう。「王子路考《おうじろこう》」の名《な》は、押《お》しも押《お》されもしない、当代《とうだい》随《ずい》一の若女形《わかおやま》と極《き》まって、出《だ》し物《もの》は何《な》んであろうと菊之丞《きくのじょう》の芝居《しばい》とさえいえば、見《み》ざれば恥《はじ》の如《ごと》き有様《ありさま》となってしまった。
したがって、人気役者《にんきやくしゃ》に付《つ》きまとう様々《さまざま》な噂《うわさ》は、それからそれえと、日毎《ひごと》におせんの耳《みみ》へ伝《つた》えられた。――どこそこのお大名《だいみょう》のお妾《めかけ》が、小袖《こそで》を贈《おく》ったとか。何々屋《なになにや》の後家《ごけ》さんが、帯《おび》を縫《ぬ》ってやったとか。酒問屋《さけとんや》の娘《むすめ》が、舞台《ぶたい》で※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《さ》した簪《かんざし》が欲《ほ》しさに、親《おや》の金《かね》を十|両《りょう》持《も》ち出《だ》したとか。数《かぞ》えれば百にも余《あま》る女《おんな》出入《でいり》の出来事《できごと》は、おせんの茶見世《ちゃみせ》へ休《やす》む人達《ひとたち》の間《あいだ》にさえ、聞《き》くともなく、語《かた》るともなく伝《つた》えられて、嘘《うそ》も真《まこと》も取交《とりま》ぜた出来事《できごと》が、きのうよりはきょう、きょうよりは明日《あす》と、益々《ますます》菊之丞《きくのじょう》の人気《にんき》を高《たか》くするばかり。
が、おせんの胸《むね》の底《そこ》にひそんでいる、思慕《しぼ》の念《ねん》は、それらの噂《うわさ》には一|切《さい》おかまいなしに日毎《ひごと》につのってゆくばかりだった。それもそのはずであろう。おせんが慕《した》う菊之丞《きくのじょう》は、江戸中《えどじゅう》の人気《にんき》を背負《せお》って立《た》った、役者《やくしゃ》の菊之丞《きくのじょう》ではなくて、かつての幼《おさな》なじみ、王子《おうじ》の吉《きち》ちゃんその人《ひと》だったのだから。――
何某《なにがし》の御子息《ごしそく》、何屋《なにや》の若旦那《わかだんな》と、水茶屋《みずちゃや》の娘《むすめ》には、勿体《もったい》ないくらいの縁談《えんだん》も、これまでに五つや十ではなく、中《なか》には用人《ようにん》を使者《ししゃ》に立《た》てての、れッき[#「れッき」に傍点]としたお旗本《はたもと》からの申込《もうしこ》みも二三は数《かぞ》えられたが、その度毎《たびごと》に、おせんの首《くび》は横《よこ》に振《ふ》られて、あったら玉《たま》の輿《こし》に乗《の》りそこねるかと人々《ひとびと》を惜《お》しがらせて来《き》た腑甲斐《ふがい》なさ、しかも胸《むね》に秘《ひ》めた菊之丞《きくのじょう》への切《せつ》なる思《おも》いを、知《し》る人《ひと》とては一人《ひとり》もなかった。
名人《めいじん》由斎《ゆうさい》に、心《こころ》の内《うち》を打《う》ちあけて、三|年前《ねんまえ》に中村座《なかむらざ》を見《み》た、八百|屋《や》お七の舞台姿《ぶたいすがた》をそのままの、生人形《いきにんぎょう》に頼《たの》み込《こ》んだ半年前《はんとしまえ》から、おせんはきょうか明日《あす》かと、出来《でき》上《あが》る日《ひ》を、どんなに待《ま》ったか知《し》れなかったが、心魂《しんこん》を傾《かたむ》けつくす仕事《しごと》だから、たとえなにがあっても、その日《ひ》までは見《み》に来《き》ちゃァならねえ、行《ゆ》きますまいと誓《ちか》った言葉《ことば》の手前《てまえ》もあり、辛抱《しんぼう》に辛抱《しんぼう》を重《かさ》ねて来《き》たとどのつまりが、そこは女《おんな》の乱《みだ》れる思《おも》いの堪《た》え難《がた》く、きのうときょうの二|度《ど》も続《つづ》けて、この仕事場《しごとば》を、ひそかに訪《おとず》れる気《き》になったのであろう。頭巾《ずきん》の中《なか》に瞠《みは》った眼《め》には、涙《なみだ》の露《つゆ》が宿《やど》っていた。
「親方《おやかた》。――もし親方《おやかた》」
もう一|度《ど》おせんは奥《おく》へ向《むか》って、由斎《ゆうさい》を呼《よ》んで見《み》た。が、聞《きこ》えるものは、わずかに樋《とい》を伝《つた》わって落《お》ちる、雨垂《あまだ》れの音《おと》ばかりであった。
軒端《のきば》の柳《やなぎ》が、思《おも》い出《だ》したように、かるく雨戸《あまど》を撫《な》でて行《い》った。
四
「若旦那《わかだんな》。――もし、若旦那《わかだんな》」
「うるさいね。ちと黙《だま》ってお歩《ある》きよ」
「そう仰《おっ》しゃいますが、これを黙《だま》って居《お》りましたら、あとで若旦那《わかだんな》に、どんなお小言《こごと》を頂戴《ちょうだい》するか知《し》れませんや」
「何《な》んだッて」
「あすこを御覧《ごらん》なさいまし。ありゃァたしかに、笠森《かさもり》のおせんさんでござんしょう」
「おせんがいるッて。――ど、どこに」
薬研堀《やげんぼり》の不動様《ふどうさま》へ、心願《しんがん》があっての帰《かえ》りがけ、黒《くろ》八|丈《じょう》の襟《えり》のかかったお納戸茶《なんどちゃ》の半合羽《はんがっぱ》に奴蛇《やっこじゃ》の目《め》を宗《そう》十|郎《ろう》好《ごの》みに差《さ》して、中小僧《ちゅうこぞう》の市松《いちまつ》を供《とも》につれた、紙問屋《かみどんや》橘屋《たちばなや》の若旦那《わかだんな》徳太郎《とくたろう》の眼《め》は、上《うわ》ずッたように雨《あめ》の中《なか》を見詰《みつ》めた。
「あすこでござんすよ。あの筆屋《ふでや》の前《まえ》から両替《りょうがえ》の看板《かんばん》の下《した》を通《とお》ってゆく、あの頭巾《ずきん》をかぶった後姿《うしろすがた》。――」
「うむ。ちょいとお前《まえ》、急《いそ》いで行《い》って、見届《みとど》けといで」
「かしこまりました」
頭《あたま》のてっぺんまで、汚泥《はね》の揚《あ》がるのもお構《かま》いなく、横《よこ》ッ飛《と》びに飛《と》び出《だ》した市松《いちまつ》には、雨《あめ》なんぞ、芝居《しばい》で使《つか》う紙《かみ》の雪《ゆき》ほどにも感《かん》じられなかったのであろう。七八|間先《けんさき》を小《こ》きざみに往《い》く渋蛇《しぶじゃ》の目《め》の横《よこ》を、一|文字《もんじ》に駆脱《かけぬ》けたのも束《つか》の間《ま》、やがて踵《くびす》を返《かえ》すと、鬼《おに》の首《くび》でも取《と》ったように、喜《よろこ》び勇《いさ》んで駆《か》け戻《もど》った。
「どうした」
「この二つの眼《め》で睨《にら》んだ通《とお》り、おせんさんに違《ちが》いござんせん」
「これこれ、何《な》んでそんな頓狂《とんきょう》な声《こえ》を出《だ》すんだ。いくら雨《あめ》の中《なか》でも、人様《ひとさま》に聞《き》かれたら事《こと》じゃァないか」
「へいへい」
「お前《まえ》、あとからついといで」
目《め》はしの利《き》いたところが、まず何《なに》よりの身上《しんしょう》なのであろう。若旦那《わかだんな》のお供《とも》といえば、常《つね》に市《いち》どんと朋輩《ほうばい》から指《さ》される慣《なら》わしは、時《とき》にかけ[#「かけ」に傍点]蕎麦《そば》の一|杯《ぱい》くらいには有《あ》りつけるものの、市松《いちまつ》に取《と》っては、寧《むし》ろ見世《みせ》に坐《すわ》って、紙《かみ》の小口《こぐち》をそろえている方《ほう》が、どのくらい楽《らく》だか知《し》れなかった。
が、そんな小僧《こぞう》の苦楽《くらく》なんぞ、背中《せなか》にとまった蝿程《はえほど》にも思《おも》わない徳太郎《とくたろう》の、おせんと聞《き》いた夢中《むちゅう》の歩《あゆ》みは、合羽《かっぱ》の下《した》から覗《のぞ》いている生《なま》ッ白《しろ》い脛《すね》に出《で》た青筋《あおすじ》にさえうかがわれて、道《みち》の良《よ》し悪《わる》しも、横《よこ》ッ降《ぷ》りにふりかかる雨《あめ》のしぶきも、今《いま》は他所《よそ》の出来事《できごと》でもあるように、まったく意中《いちゅう》にないらしかった。
「ちょいと姐《ねえ》さん。いえさ、そこへ行《い》くのは、おせんちゃんじゃないかい」
それと呼《よ》び止《と》めた徳太郎《とくたろう》の声《こえ》は、どうやら勝手《かって》のわるさにふるえていた。
「え」
くるりと振《ふ》り向《む》いたおせんは、頭巾《ずきん》の中《なか》で、眼《め》だけに愛嬌《あいきょう》をもたせながら、ちらりと徳太郎《とくたろう》の顔《かお》を偸《ぬす》み見《み》たが、相手《あいて》がしばしば見世《みせ》へ寄《よ》ってくれる若旦那《わかだんな》だと知《し》ると、あらためて腰《こし》をかがめた。
「おやまァ若旦那《わかだんな》、どちらへおいででござんす」
「つい、そこの不動様《ふどうさま》へ、参詣《さんけい》に行《い》ったのさ。――そうしてお前《まえ》さんは」
「お母《かあ》さんの薬《くすり》を買《か》いに、浜町《はまちょう》までまいりました。」
「浜町《はまちょう》。そりゃァこの雨《あめ》に、大抵《たいてい》じゃあるまい。お前《まえ》さんがわざわざ行《い》かないでも、ちょいと一|言《こと》聞《き》いてれば、いつでもうちの小僧《こぞう》に買《か》いにやってあげたものを」
「有難《ありがと》うはござんすが、親《おや》に服《の》ませるお薬《くすり》を人様《ひとさま》にお願《ねが》い申《もう》しましては、お稲荷様《いなりさま》の罰《ばち》が当《あた》ります」
「成《な》る程《ほど》、成《な》る程《ほど》、相変《あいかわ》らずの親孝行《おやこうこう》だの」
徳太郎《とくたろう》はそういって、ごくりと一つ固唾《かたず》を飲《の》んだ。
五
当代《とうだい》の人気役者《にんきやくしゃ》宗《そう》十|郎《ろう》に似《に》ていると、太鼓持《たいこもち》の誰《だれ》かに一|度《ど》いわれたのが、無上《むじょう》に機嫌《きげん》をよくしたものか、のほほんと納《おさ》まった色男振《いろおとこぶ》りは、見《み》る程《ほど》の者《もの》をして、ことごとく虫《むし》ずの走《はし》る思《おも》いをさせずにはおかないくらい、気障気《きざけ》たっぷりの若旦那《わかだんな》徳太郎《とくたろう》ではあったが、親孝行《おやこうこう》の話《はなし》を切《き》ッかけに、あらたまっておせんを見詰《みつ》めたその眼《め》には、いつもと違《ちが》った真剣《しんけん》な心持《こころもち》が不思議《ふしぎ》に根強《ねづよ》く現《あらわ》れていた。
「お前《まえ》さんは、これから何《なに》か、急《きゅう》な御用《ごよう》がお有《あり》かの」
「あい、肝腎《かんじん》のお見世《みせ》の方《ほう》を、脱《ぬ》けて来《き》たのでござんすから、一|刻《こく》も速《はや》く帰《かえ》りませぬと、お母《かあ》さんにいらぬ心配《しんぱい》をかけますし、それに、折角《せっかく》のお客様《きゃくさま》にも、申訳《もうしわけ》がござんせぬ」
「お客《きゃく》の心配《しんぱい》は、別《べつ》にいりゃァすまいがの。しかし、お母《かあ》さんといわれて見《み》ると。……」
「何《なに》か御用《ごよう》でござんすかえ」
「なァにの。思《おも》いがけないところで出遭《であ》った、こんな間《ま》のいいことは、願《ねが》ってもありゃァしないからひとつどこぞで、御飯《ごはん》でもつき合《あ》ってもらおうと
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