いえ、何《なに》も訳《わけ》はござんせぬ」
「隠《かく》すにゃ当《あた》らないから、有様《ありよう》にいって見《み》な、事《こと》と次第《しだい》に因《よ》ったら、堺屋《さかいや》は、このままお前《まえ》には会《あわ》せずに、帰《かえ》ってもらうことにする」
「そんなら、あたしの願《ねが》いを聞《き》いておくんなさいますか」
「聞《き》きもする。かなえもする。だが、その訳《わけ》は聞《き》かしてもらうぜ」
「さァその訳《わけ》は。――」
「まだ隠《かく》しだてをするつもりか。あくまで聞《き》かせたくないというなら、聞《き》かずに済《す》ませもしようけれど、そのかわりおいらはもうこの先《さき》、金輪際《こんりんざい》、お前《まえ》の絵《え》は描《か》かないからそのつもりでいるがいい」
「まァお師匠《ししょう》さん」
「なァにいいやな。笠森《かさもり》のおせんは、江戸《えど》一|番《ばん》の縹緻佳《きりょうよ》しだ。おいらが拙《まず》い絵《え》なんぞに描《か》かないでも、客《きゃく》は御府内《ごふない》の隅々《すみずみ》から、蟻《あり》のように寄《よ》ってくるわな。――いいたくなけりゃ、聞
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