「ははは、おせん。みっともない、どうしたというんだ」
 春信《はるのぶ》の、いささか当惑《とうわく》した視線《しせん》は、そのまま障子《しょうじ》の方《ほう》へおせんを追《お》って行《い》ったが、やがて追《お》い詰《つめ》られたおせんの姿《すがた》が、障子《しょうじ》の際《きわ》にうずくまるのを見《み》ると、更《さら》に解《げ》せない思《おも》いが胸《むね》の底《そこ》に拡《ひろ》がってあわてて障子《しょうじ》の外《そと》にいる藤吉《とうきち》に声《こえ》をかけた。
「藤吉《とうきち》、堺屋《さかいや》の太夫《たゆう》に、もうちっとの間《あいだ》、待《ま》っておもらい申《もう》してくれ」
「へえ」
 おおかた、もはや縁先近《えんさきちか》くまで来《き》ていたのであろう。藤吉《とうきち》が直《す》ぐさま松江《しょうこう》に春信《はるのぶ》の意《い》を伝《つた》えて、池《いけ》の方《ほう》へ引《ひ》き返《かえ》してゆく気配《けはい》が、障子《しょうじ》に映《うつ》った二つの影《かげ》にそれと知《し》れた。
「おせん」
「あい」
「お前《まえ》、何《なに》か訳《わけ》があってだの」
「い
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