ょうきち》の女形《おやま》、会《あ》ってるだけでも、気《き》が晴《は》れ晴《ば》れとするようだぜ」
ふと、とんぼの影《かげ》が障子《しょうじ》から離《はな》れた。と同時《どうじ》に藤吉《とうきち》の声《こえ》が、遠慮勝《えんりょが》ちに縁先《えんさき》から聞《きこ》えた。
「師匠《ししょう》、太夫《たゆう》がおいでになりました」
「おおそうか。直《す》ぐにこっちへお通《とお》ししな」
じっと畳《たたみ》の上《うえ》を見詰《みつ》めているおせんは、たじろぐように周囲《しゅうい》を見廻《みまわ》した。
「お師匠《ししょう》さん、後生《ごしょう》でござんす。あたしをこのまま、帰《かえ》しておくんなさいまし」
「なんだって」
春信《はるのぶ》は大《おお》きく眼《め》を見《み》ひらいた。
七
たとえば青苔《あおこけ》の上《うえ》に、二つ三つこぼれた水引草《みずひきそう》の花《はな》にも似《に》て、畳《たたみ》の上《うえ》に裾《すそ》を乱《みだ》して立《た》ちかけたおせんの、浮《う》き彫《ぼり》のような爪先《つまさき》は、もはや固《かた》く畳《たたみ》を踏《ふ》んではいなかった
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