とんぼが障子《しょうじ》へくっきり影《かげ》を映《うつ》した画室《がしつ》は、金《きん》の砂子《すなこ》を散《ち》らしたように明《あか》るかった。
広々《ひろびろ》と庭《にわ》を取《と》ってはあるが、僅《わず》かに三|間《ま》を数《かぞ》えるばかりの、茶室《ちゃしつ》がかった風流《ふうりゆう》の住居《すまい》は、ただ如何《いか》にも春信《はるのぶ》らしい好《この》みにまかせて、手《て》いれが行《ゆ》き届《とど》いているというだけのこと、諸大名《しょだいみょう》の御用絵師《ごようえし》などにくらべたら、まことに粗末《そまつ》なものであった。
その画室《がしつ》の中《なか》ほどに、煙草盆《たばこぼん》をはさんで、春信《はるのぶ》とおせんとが対座《たいざ》していた。おせんの初《うぶ》な心《こころ》は、春信《はるのぶ》の言葉《ことば》にためらいを見《み》せているのであろう。うつ向《む》いた眼許《めもと》には、ほのかな紅《べに》を差《さ》して、鬢《びん》の毛《け》が二|筋《すじ》三|筋《すじ》、夢見《ゆめみ》るように頬《ほほ》に乱《みだ》れかかっていた。
「どうだの、これは別《べつ》に、おい
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