ばい》も換《か》えて待《ま》ちかねだぜ」
「おっと、しまった」
「おせんちゃん。少《すこ》しも速《はや》く、急《いそ》いだ、急《いそ》いだ」
「ほほほほ。八つぁんがまた、おどけた物《もの》のいいようは。……」
 駕籠《かご》を帰《かえ》したおせんの姿《すがた》は、小溝《こどぶ》へ架《か》けた土橋《どばし》を渡《わた》って、逃《のが》れるように枝折戸《しおりど》の中《なか》へ消《き》えて行《い》った。
「ふん、八五|郎《ろう》の奴《やつ》、余計《よけい》な真似《まね》をしやァがる。おせんちゃんの案内役《あんないやく》は、いっさいがっさい、おいらときまってるんだ。――よし、あとで堺屋《さかいや》の太夫《たゆう》が来《き》たら、その時《とき》あいつに辱《はじ》をかかせてやる」
 手《て》の内《うち》の宝《たから》を奪《うば》われでもしたように、藤吉《とうきち》は地駄《じだ》ン駄《だ》踏《ふ》んで、あとから、土橋《どばし》をひと飛《と》びに飛《と》んで行《い》った。
 鉤《かぎ》なりに曲《まが》った縁先《えんさき》では、師匠《ししょう》の春信《はるのぶ》とおせんとが、既《すで》に挨拶《あいさつ
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