若旦那《わかだんな》徳太郎《とくたろう》も、この例《れい》に漏《も》れず、日《ひ》に一|度《ど》は、判《はん》で捺《お》したように帳場格子《ちょうばごうし》の中《なか》から消《き》えて、目指《めざ》すは谷中《やなか》の笠森様《かさもりさま》、赤《あか》い鳥居《とりい》のそれならで、赤《あか》い襟《えり》からすっきりのぞいたおせんが雪《ゆき》の肌《はだ》を、拝《おが》みたさの心願《しんがん》に外《ほか》ならならなかったのであるが、きょうもきょうとて浅草《あさくさ》の、この春《はる》死《し》んだ志道軒《しどうけん》の小屋前《こやまえ》で、出会頭《であいがしら》に、ばったり遭《あ》ったのが彫工《ほりこう》の松《まつ》五|郎《ろう》、それと察《さっ》した松《まつ》五|郎《ろう》から、おもて飾《かざ》りを見《み》るなんざ大野暮《おおやぼ》の骨頂《こっちょう》でげす。おせんの桜湯《さくらゆ》飲《の》むよりも、帯紐《おびひも》解《と》いた玉《たま》の肌《はだ》が見《み》たかァござんせんかとの、思《おも》いがけない話《はなし》を聞《き》いて、あとはまったく有頂天《うちょうてん》、どこだどこだと訪《たず
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