》とないとの評判娘《ひょうんばんむすめ》。下谷《したや》谷中《やなか》の片《かた》ほとり、笠森稲荷《かさもりいなり》の境内《けいだい》に、行燈《あんどん》懸《か》けた十一|軒《けん》の水茶屋娘《みずちゃやむすめ》が、三十|余人《よにん》束《たば》になろうが、縹緻《きりょう》はおろか、眉《まゆ》一つ及《およ》ぶ者《もの》がないという、当時《とうじ》鈴木春信《すずきはるのぶ》が一|枚刷《まいずり》の錦絵《にしきえ》から、子供達《こどもたち》の毬唄《まりうた》にまで持《も》て囃《はや》されて、知《し》るも知《し》らぬも、噂《うわさ》の花《はな》は咲《さ》き放題《ほうだい》、かぎ屋《や》のおせんならでは、夜《よ》も日《ひ》も明《あ》けぬ煩悩《ぼんのう》は、血気盛《けっきざか》りの若衆《わかしゅう》ばかりではないらしく、何《なに》ひとつ心願《しんがん》なんぞのありそうもない、五十を越《こ》した武家《ぶけ》までが、雪駄《せった》をちゃらちゃらちゃらつかせてお稲荷詣《いなりもう》でに、御手洗《みたらし》の手拭《てぬぐい》は、常《つね》に乾《かわ》くひまとてないくらいであった。
橘屋《たちばなや》の
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