さりゃァ、棒鼻《ぼうはな》へ、笠森《かさもり》おせん御用駕籠《ごようかご》とでも、札《ふだ》を建《た》てて行《ゆ》きてえくらいだ」
 いうまでもなく、祝儀《しゅうぎ》や酒手《さかて》の多寡《たか》ではなかった。当時《とうじ》江戸女《えどおんな》の人気《にんき》を一人《ひとり》で背負《せお》ってるような、笠森《かさもり》おせんを乗《の》せた嬉《うれ》しさは、駕籠屋仲間《かごやなかま》の誉《ほま》れでもあろう。竹《たけ》も仙蔵《せんぞう》も、金《きん》の延棒《のべぼう》を乗《の》せたよりも腹《はら》は得意《とくい》で一ぱいになっていた。
「こう見《み》や。あすこへ行《い》くなァおせんだぜ」
「おせんだ」
「そうよ。人違《ひとちげ》えのはずはねえ。靨《えくぼ》が立派《りっぱ》な証拠《しょうこ》だて」
「おッと違《ちげ》えねえ。向《むこ》うへ廻《まわ》って見《み》ざァならねえ」
 帳場《ちょうば》へ急《いそ》ぐ大工《だいく》であろう。最初《さいしょ》に見《み》つけた誇《ほこ》りから、二人《ふたり》が一|緒《しょ》に、駕籠《かご》の向《むこ》うへかけ寄《よ》った。

    四

「風流絵暦所《
前へ 次へ
全263ページ中77ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
邦枝 完二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング