うつ》すたわわの風情《ふぜい》。ゆうべの夢見《ゆめみ》が忘《わす》れられぬであろう。葉隠《はがく》れにちょいと覗《のぞ》いた青蛙《あおがえる》は、今《いま》にも落《お》ちかかった三|角頭《かくとう》に、陽射《ひざ》しを眩《まば》ゆく避《さ》けていた。
「駕籠屋《かごや》さん」
 ふと、おせんが声《こえ》をかけた。
「へえ」
「こっち側《がわ》だけ、垂《たれ》を揚《あ》げておくんなさいな」
「なんでげすッて」
「花《はな》が見《み》とうござんすのさ」
「合点《がってん》でげす」
 先棒《さきぼう》と後《うしろ》との声《こえ》は、正《まさ》に一|緒《しょ》であった。駕籠《かご》が地上《ちじょう》におろされると同時《どうじ》に、池《いけ》に面《めん》した右手《みぎて》の垂《たれ》は、颯《さっ》とばかりにはね揚《あ》げられた。
「まァ綺麗《きれい》だこと」
「でげすからあっしらが、さっきッからいってたじゃござんせんか。こんないい景色《けしき》ァ、毎朝《まいあさ》見《み》られる図《ず》じゃァねえッて。――ごらんなせえやし。お前《まえ》さんの姿《すがた》が見《み》えたら、つぼんでいた花《はな》が、
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