とするところであった。
 近頃《ちかごろ》はやり物《もの》のひとつになった黄縞格子《きじまごうし》の薄物《うすもの》に、菊菱《きくびし》の模様《もよう》のある緋呉羅《ひごら》の帯《おび》を締《し》めて、首《くび》から胸《むね》へ、紅絹《べにぎぬ》の守袋《まもりぶくろ》の紐《ひも》をのぞかせたおせんは、洗《あら》い髪《がみ》に結《ゆ》いあげた島田髷《しまだまげ》も清々《すがすが》しく、正《ただ》しく座《すわ》った膝《ひざ》の上《うえ》に、両《りょう》の手《て》を置《お》いたまま、駕籠《かご》の中《なか》から池《いけ》のおもてに視線《しせん》を移《うつ》した。
 夜《よ》が明《あ》けて、まだ五つには間《ま》があるであろう。ひと抱《かか》えもあろうと想《おも》われる蓮《はす》の葉《は》に、置《お》かれた露《つゆ》の玉《たま》は、いずれも朝風《あさかぜ》に揺《ゆ》れて、その足《あし》もとに忍《しの》び寄《よ》るさざ波《なみ》を、ながし目《め》に見《み》ながら咲《さ》いた花《はな》の紅《べに》が招《まね》く尾花《おばな》のそれとは変《かわ》った清《きよ》い姿《すがた》を、水鏡《みずかがみ》に映《
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