かぎょう》が出来《でき》やせんや。――そんなにいやなら、垂《たれ》を揚《あ》げるたいわねえから、そうじたばたと動《うご》かねえで、おとなしく乗《の》っておくんなせえ。――だが、考《かん》げえりゃ考《かん》げえるほど、このまま担《かつ》いでるな、勿体《もったい》ねえなァ」
駕籠《かご》はいま、秋元但馬守《あきもとたじまのかみ》の練塀《ねりべい》に沿《そ》って、蓮《はす》の花《はな》が妍《けん》を競《きそ》った不忍池畔《しのばずちはん》へと差掛《さしかか》っていた。
三
東叡山《とうえいざん》寛永寺《かんえいじ》の山裾《やますそ》に、周囲《しゅうい》一|里《り》の池《いけ》を見《み》ることは、開府以来《かいふいらい》江戸《えど》っ子《こ》がもつ誇《ほこ》りの一つであったが、わけても雁《かり》の訪《おとず》れを待《ま》つまでの、蓮《はす》の花《はな》が池面《いけおも》に浮《う》き出《で》た初秋《しょしゅう》の風情《ふぜい》は、江戸歌舞伎《えどかぶき》の荒事《あらごと》と共《とも》に、八百八|町《ちょう》の老若男女《ろうにゃくなんにょ》が、得意中《とくいちゅう》の得意《とくい》
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