。まず御手洗《みたらし》で手《て》を浄《きよ》めての。肝腎《かんじん》のお稲荷《いなり》さんへ参詣《さんけい》しねえことにゃ、罰《ばち》が当《あた》って眼《め》がつぶれやしょう」
「いかさまこれは早《はや》まった。こかァ笠森様《かさもりさま》の境内《けいだい》だったッけの」
「冗談《じょうだん》じゃごわせん。そいつを忘《わす》れちゃ、申訳《もうしわけ》がありますめえ。――それそれ、何《な》んでまた、洗《あら》った手《て》を拭《ふ》きなさらねえ。おせんは逃《に》げやしねえから、落着《おちつ》いたり、落着《おちつ》いたり」
「御隠居《ごいんきょ》、そうひやかしちゃいけやせん。堪忍《かんにん》堪忍《かんにん》」
「はッはッはッ、徳《とく》さん。お前《まえ》の足《あし》ッ、まるッきり、地《じ》べたを踏《ふ》んじァいねえの」
こおろぎの音《ね》も細々《ほそぼそ》と明《あ》け暮《く》れて、風《かぜ》に乱《みだ》れる芒叢《すすきむら》に、三つ四つ五つ、子雀《こすずめ》の飛《と》び交《か》うさまも、いとど憐《あわ》れの秋《あき》ながら、ここ谷中《やなか》の草道《くさみち》ばかりは、枯野《かれの》も落
前へ
次へ
全263ページ中65ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
邦枝 完二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング