葉《おちば》も影《かげ》さえなく、四季《しき》を分《わか》たず咲《さ》き競《そ》うた、芙蓉《ふよう》の花《はな》が清々《すがすが》しくも色《いろ》を染《そ》めて、西《にし》の空《そら》に澄《す》み渡《わた》った富岳《ふがく》の雪《ゆき》に映《は》えていた。
名《な》にし負《お》う花《はな》の笠森《かさもり》感応寺《かんのうじ》。渋茶《しぶちゃ》の味《あじ》はどうであろうと、おせんが愛想《あいそう》の靨《えくぼ》を拝《おが》んで、桜貝《さくらがい》をちりばめたような白魚《しらうお》の手《て》から、お茶《ちゃ》一|服《ぷく》を差《さ》し出《だ》されれば、ぞっと色気《いろけ》が身《み》にしみて、帰《かえ》りの茶代《ちゃだい》は倍《ばい》になろうという。女《おんな》ならでは夜《よ》のあけぬ、その大江戸《おおえど》の隅々《すみずみ》まで、子供《こども》が唄《うた》う毬唄《まりうた》といえば、近頃《ちかごろ》「おせんの茶屋《ちゃや》」にきまっていた。
夜《よる》が白々《しらじら》と明《あ》けそめて、上野《うえの》の森《もり》の恋《こい》の鴉《からす》が、まだ漸《ようや》く夢《ゆめ》から覚《さ》
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