くまど》りでもしたように眼《め》の皮《かわ》をたるませた春重《はるしげ》の、上気《じょうき》した頬《ほほ》のあたりに、蝿《はえ》が一|匹《ぴき》ぽつんととまって、初秋《しょしゅう》の陽《ひ》が、路地《ろじ》の瓦《かわら》から、くすぐったい顔《かお》をのぞかせていた。
「おっといけねえ。春重《はるしげ》がやってくるぜ」
煙草屋《たばこや》の角《かど》に立《た》ったまま、爪《つめ》を煮《に》る噂《うわさ》をしていた松《まつ》五|郎《ろう》は、あわてて八五|郎《ろう》に目《め》くばせをすると、暖簾《のれん》のかげに身《み》を引《ひ》いた。
「隠《かく》れるこたぁなかろう」
「そうでねえ。おいらは今《いま》逃《に》げて来《き》たばかりだからの。見付《みつ》かっちァことだ」
「そんなら、そっちへ引《ひ》っ込《こ》んでるがいい。もののついでに、おれがひとつ、鎌《かま》をかけてやるから。――」
蛙《かえる》のように、眼玉《めだま》ばかりきょろつかせて暖簾《のれん》のかげから顔《かお》をだした松《まつ》五|郎《ろう》は、それでもまだ怯《おび》えていた。
「大丈夫《だいじょうぶ》かの」
「叱《し》ッ
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