《は》てて、一|寸先《すんさき》も見《み》えなかったが、それでも溝板《どぶいた》の上《うえ》を駆《か》けだして、角《かど》の煙草屋《たばこや》の前《まえ》まで来《く》ると、どうやらほっと安心《あんしん》の胸《むね》を撫《な》でおろした。
「だが、いったいあいつは、何《な》んだってあんな馬鹿気《ばかげ》たことが好《す》きなんだろう。爪《つめ》を煮《に》たり、髪《かみ》の毛《け》の中《なか》へ顔《かお》を埋《う》めたり、気狂《きちがい》じみた真似《まね》をしちゃァ、いい気持《きもち》になってるようだが、虫《むし》のせえだとすると、ちと念《ねん》がいり過《す》ぎるしの。どうも料簡方《りょうけんがた》がわからねえ」
ぶつぶつひとり呟《つぶや》きながら、小首《こくび》を傾《かし》げて歩《ある》いて来《き》た松《まつ》五|郎《ろう》は、いきなりぽんと一つ肩《かた》をたたかれて、はッ[#「はッ」に傍点]とした。
「どうした、兄《あに》ィ」
「おおこりゃ松住町《まつずみちょう》」
「松住町《まつずみちょう》じゃねえぜ。朝《あさ》っぱらから、素人芝居《しろうとしばい》の稽古《けいこ》でもなかろう。いい
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