から。……」
松《まつ》五|郎《ろう》の膝《ひざ》もとから、黒髪《くろかみ》の束《たば》を取《と》りあげた春重《はるしげ》は、忽《たちま》ちそれを顔《かお》へ押《お》し当《あ》てると、次第《しだい》に募《つの》る感激《かんげき》に身《み》をふるわせながら、異様《いよう》な声《こえ》で笑《わら》い始《はじ》めた。
「重《しげ》さん。おれァ帰《けえ》る」
「帰《けえ》るンなら、せめて匂《におい》だけでも嗅《か》いできねえ」
が、松《まつ》五|郎《ろう》は、もはや腰《こし》が坐《すわ》らなかった。
六
「ああ気味《きみ》が悪《わる》かった。ついゆうべの惚気《のろけ》を聞《き》かせてやろうと思《おも》って、寄《よ》ったばっかりに、ひでえ目《め》に遇《あ》っちゃった。変《かわ》り者《もの》ッてこたァ知《し》ってたが、まさか、あれ程《ほど》たァ思《おも》わなかった。――あんな奴《やつ》につかまっちゃァ、まったくかなわねえ」
弾《はじ》かれた煎豆《いりまめ》のように、雨戸《あまど》の外《そと》へ飛《と》び出《だ》した松《まつ》五|郎《ろう》は、酔《よ》いも一|時《じ》に醒《さ》め果
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