、それこそ生皮《なまかわ》の匂《におい》で、隣近所《となりきんじょ》は大迷惑《おおめいわく》だわな」
「生皮《なまかわ》の匂《におい》ってななんだの、お上《かみ》さん」
「おや、親方《おやかた》にゃこの匂《におい》がわからないのかい。このたまらないいやな[#「いやな」に傍点]匂《におい》が。……」
「判《わか》らねえこたァねえが、こいつァおまえ、膠《にかわ》を煮《に》てる匂《におい》だわな」
「冗談《じょうだん》じゃない。そんな生《なま》やさしいもんじゃありゃァしない。お鍋《なべ》を火鉢《ひばち》へかけて、雪駄《せった》の皮《かわ》を煮《に》てるんだよ。今《いま》もうちで、絵師《えし》なんて振《ふ》れ込《こ》みは、大嘘《おおうそ》だって話《はなし》を。……」
 がらッと雨戸《あまど》が開《あ》いて、春重《はるしげ》の辛《から》い顔《かお》がぬッと現《あらわ》れた。
「お早《は》よう」
「お早《は》ようじゃねえや。何《な》んだって松《まつ》つぁんこんな早《はや》くッからやって来《き》たんだ」
「早《はや》えことがあるもんか。お天道様《てんとうさま》は、もうとっくに朝湯《あさゆ》を済《す》
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