ま辛抱《しんぼう》して来《き》た苦心《くしん》の宝《たから》だ。――この明《あか》りじゃはっきり見分《みわ》けがつくめえが、よく見《み》ねえ。お大名《だいみょう》のお姫様《ひめさま》の爪《つめ》だって、これ程《ほど》の艶《つや》はあるめえからの」
 三日月《みかづき》なりに切《き》ってある、目《め》にいれたいくらいの小《ちい》さな爪《つめ》を、母指《おやゆび》と中指《なかゆび》の先《さき》で摘《つま》んだまま、ほのかな月光《げっこう》に透《すか》した春重《はるしげ》の面《おもて》には、得意《とくい》の色《いろ》が明々《ありあり》浮《うか》んで、はては傍《そば》に松《まつ》五|郎《ろう》のいることをさえも忘《わす》れた如《ごと》く、独《ひと》り頻《しき》りにうなずいていたが、ふと向《むこ》う臑《ずね》にたかった藪蚊《やぶか》のかゆさに、漸《ようや》くおのれに還《かえ》ったのであろう。突然《とつぜん》平手《ひらて》で臑《すね》をたたくと、くすぐったそうにふふふと笑《わら》った。
「重《しげ》さん、お前《まえ》まったく変《かわ》り者《もの》だの」
「なんでよ」
「考《かんが》えても見《み》ね
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