。だが一つだって分《わ》けちゃァやらねえから、そのつもりでいてくんねえよ」
そういいながら、指先《ゆびさき》を器用《きよう》に動《うご》かした春重《はるしげ》は、糠袋《ぬかぶくろ》の口《くち》を解《と》くと、まるで金《きん》の粉《こな》でもあけるように、松《まつ》五|郎《ろう》の掌《てのひら》へ、三つばかりを、勿体《もったい》らしく盛《も》り上《あ》げた。
「こいつァ重《しげ》さん。――」
「爪《つめ》だ」
「ちぇッ」
「おっとあぶねえ。棄《す》てられて堪《たま》るものか。これだけ貯《た》めるにゃ、まる一|年《ねん》かかってるんだ」
松《まつ》五|郎《ろう》の掌《て》へ、おのが掌《て》をかぶせた春重《はるしげ》は、あわてて相手の掌《て》ぐるみ裏返《うらがえ》して、ほっ[#「ほっ」に傍点]としたように眼《め》の前《まえ》へ引《ひ》き着《つ》けた。
「湯屋《ゆや》で拾《ひろ》い集《あつ》めた爪《つめ》じゃァねえよ。蚤《のみ》や蚊《か》なんざもとよりのこと、腹《はら》の底《そこ》まで凍《こお》るような雪《ゆき》の晩《ばん》だって、おいらァじっと縁《えん》の下《した》へもぐり込《こ》んだま
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