覆《くつが》えった程《ほど》の驚愕《きょうがく》を覚《おぼ》えたのは、南町奉行《みなみまちぶぎょう》本多信濃守《ほんだしなののかみ》の妹《いもうと》お蓮《れん》であろう。折《おり》から夕餉《ゆうげ》の膳《ぜん》に対《むか》おうとしていたお蓮《れん》は、突然《とつぜん》手《て》にした箸《はし》を取落《とりおと》すと、そのまま狂気《きょうき》したように、ふらふらッと立上《たちあが》って、跣足《はだし》のまま庭先《にわさき》へと駆《か》け降《お》りて行《い》った。
 二三|人《にん》の侍女《じじょ》が、直《す》ぐさまその後《あと》を追《お》った。
「もし、お嬢様《じょうさま》。お危《あぶ》のうござります」
「何《なに》をするのじゃ。放《はな》しや」
「どちらへおいで遊《あそ》ばします」
「知《し》れたことじゃ。これから直《す》ぐに、浜村屋《はまむらや》の許《もと》へまいる」
「これはまあ、滅相《めっそう》なことを仰《おっ》しゃいます」
「何《なに》が滅相《めっそう》なことじゃ、わらわがまいって、浜村屋《はまむらや》の病気《びょうき》を癒《なお》して取《と》らせるのじゃ。――邪間《じゃま》だて
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