《たゆう》さん。――」
「お、せ、ん――」
「ああ、もし」
おせんは、次第《しだい》に唇《くちびる》の褪《あ》せて行《ゆ》く菊之丞《きくのじょう》の顔《かお》の上《うえ》に、涙《なみだ》と共《とも》に打《う》ち伏《ふ》してしまった。
隣座敷《となりざしき》から、俄《にわか》に人々《ひとびと》の立《た》つ気配《けはい》がした。
七
二|代目《だいめ》瀬川菊之丞《せがわきくのじょう》の死《し》が報《ほう》ぜられたのは、その日《ひ》の暮《く》れ方《がた》近《ちか》くだった。江戸《えど》の民衆《みんしゅう》は、去年《きょねん》の吉原《よしわら》の大火《たいか》よりも、更《さら》に大《おお》きな失望《しつぼう》の淵《ふち》に沈《しず》んだが、中《なか》にも手中《しゅちゅう》の珠《たま》を奪《うば》われたような、悲《かな》しみのどん底《ぞこ》に落《お》ち込《こ》んだのは、菊之丞《きくのじょう》でなければ夜《よ》も日《ひ》もあけない各大名《かくだいみょう》や旗本屋敷《はたもとやしき》の女中達《じょちゅうたち》だった。
殊《こと》に、この知《し》らせを受《う》けて、天地《てんち》が
前へ
次へ
全263ページ中253ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
邦枝 完二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング