|匹《ぴき》の虻《あぶ》を、猫《ねこ》が頻《しき》りに尾《お》を振《ふ》ってじゃれる影《かげ》が、障子《しょうじ》にくっきり映《うつ》っていた。
 その虻《あぶ》の羽音《はおと》を、聞《き》くともなしに聞《き》きながら、菊之丞《きくのじょう》の枕頭《ちんとう》に座《ざ》して、じっと寝顔《ねがお》に見入《みい》っていたのは、お七の着付《きつけ》もあでやかなおせんだった。
 紫《むらさき》の香煙《こうえん》が、ひともとすなおに立昇《たちのぼ》って、南向《みなみむ》きの座敷《ざしき》は、硝子張《ギヤマンばり》の中《なか》のように暖《あたた》かい。
 七|年目《ねんめ》で会《あ》った、たった二人《ふたり》の世界《せかい》。殆《ほと》んど一|夜《や》のうちに生気《せいき》を失《うしな》ってしまった菊之丞《きくのじょう》の、なかば開《ひら》かれた眼《め》からは、糸《いと》のような涙《なみだ》が一|筋《すじ》頬《ほほ》を伝《つた》わって、枕《まくら》を濡《ぬ》らしていた。
「おせんちゃん」
 菊之丞《きくのじょう》の声《こえ》は、わずかに聞《き》かれるくらい低《ひく》かった。
「あい」
「よく来《き
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