「気《き》の毒《どく》だが、根《ね》こそぎ見《み》ちまったんだ」
「どこで見《み》なすった」
「知《し》れたこった。庭《にわ》の中《なか》でよ」
「庭《にわ》の中《なか》」
「おいらァ泥棒猫《どろぼうねこ》のように、垣根《かきね》の外《そと》でうろうろしちゃァいねえからの。――それ見《み》な。鬼童丸《きどうまる》の故智《こち》にならって、牛《うし》の生皮《なまかわ》じゃねえが、この犬《いぬ》の皮《かわ》を被《かぶ》っての、秋草城《あきくさじょう》での籠城《ろうじょう》だ。おかげで画嚢《がのう》はこの通《とお》り。――」
 懐中《ふところ》から取《と》り出《だ》した春重《はるしげ》の写生帳《しゃせいちょう》には、十|数枚《すうまい》のおせんの裸像《らぞう》が様々《さまざま》に描《か》かれていた。

    六

 松《まつ》五|郎《ろう》は、狐《きつね》につままれでもしたように、しばし三日月《みかづき》の光《ひかり》に浮《う》いて出《で》たおせんの裸像《らぞう》を、春重《はるしげ》の写生帳《しゃせいちょう》の中《なか》に凝視《ぎょうし》していたが、やがて我《われ》に還《かえ》って、あらた
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