のし》っていた。
「おいおい松《まっ》つぁん」
「えッ」
「はッはッは。何《なに》をぶつぶついってるんだ。三日月様《みかづきさま》が笑《わら》ってるぜ」
「お前《まえ》さんは。――」
「おれだよ。春重《はるしげ》だよ」
 うしろから忍《しの》ぶようにして付《つ》いて来《き》た男《おとこ》は、そういいながら徐《おもむ》ろに頬冠《ほおかぶ》りをとったが、それは春信《はるのぶ》の弟子《でし》の内《うち》でも、変《かわ》り者《もの》で通《とお》っている春重《はるしげ》だった。
「なァんだ、春重《はるしげ》さんかい。今時分《いまじぶん》、一人《ひとり》でどこへ行《い》きなすった」
「一人《ひとり》でどこへは、そっちより、こっちで訊《き》きたいくらいのもんだ。――お前《まえ》、橘屋《たちばなや》の徳《とく》さんにまかれたな」
「まかれやしねえが、どうしておいらが、若旦那《わかだんな》と一|緒《しょ》だったのを知《し》ってるんだ」
「ふふふ。平賀源内《ひらがげんない》の文句《もんく》じゃねえが、春重《はるしげ》の眼《め》は、一|里《り》先《さき》まで見透《みとお》しが利《き》くんだからの。お前《まえ
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