うえ》の争《あらそ》いは無駄《むだ》と察《さっ》したのであろう。やがて徳太郎《とくたろう》は細《ほそ》い首《くび》をすくめた。
「あたしゃ気《き》が短《みじか》いから、どこへ行《ゆ》くにしても、とても歩《ある》いちゃ行《い》かれない。千|吉《きち》つぁん、直《す》ぐに駕籠《かご》を呼《よ》んでもらおうじゃないか」
「合点《がってん》でげす」
 千|吉《きち》は二《ふた》つ返事《へんじ》で頷《うなず》いた。

    二

 徳太郎《とくたろう》と千|吉《きち》とが、不忍池畔《しのばずちはん》の春草亭《しゅんそうてい》に駕籠《かご》を停《と》めたのは、それから間《ま》もない後《あと》だった。
 徳太郎《とくたろう》は女中《じょちゅう》の案内《あんない》も待《ま》たず、駆《か》け込《こ》むように千|吉《きち》の手《て》をとって、奥《おく》の座敷《ざしき》へ連《つ》れ込《こ》んだ。
「さ、千|吉《きち》さん」
「へえ」
「早《はや》くお見《み》せ」
「何《なに》をでござんす」
「おや、何《なに》をはあるまい。おせんのふみじゃないか」
「おそうだ。これはすっかり忘《わす》れて居《お》りやした」
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