たい》をおいいなすっちゃ。――」
「どうせあたしゃ無態《むたい》さ。――この煙草入《たばこいれ》もお前《まえ》に上《あ》げるから、とっとと帰《かえ》ってもらいたいよ」
三日月《みかづき》に、谷中《やなか》の夜道《よみち》は暗《くら》かった。その暗《くら》がりをただ独《ひと》り鳴《な》く、蟋蟀《こおろぎ》を踏《ふ》みつぶす程《ほど》、やけな歩《あゆ》みを続《つづ》けて行《い》く、若旦那《わかだんな》徳太郎《とくたろう》の頭《あたま》の中《なか》は、おせんの姿《すがた》で一|杯《ぱい》であった。
五
「ふん、何《な》んて馬鹿気《ばかげ》た話《はなし》なんだろう。こっちからお頼《たの》み申《もう》して来《き》てもらった訳《わけ》じゃなし。若旦那《わかだんな》が手《て》を合《あわ》せて、たっての頼《たの》みだというからこそ、連《つ》れて来《き》てやったんじゃねえか、そいつを、自分《じぶん》からあわてちまってよ。垣根《かきね》の中《なか》へ突《つ》ンのめったばっかりに、ゆっくり見物《けんぶつ》出来《でき》るはずのおせんの裸《はだか》がちらッとしきゃのぞけなかったんだ。――面白《おも
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