筋《ごひいきすじ》もござんしょうが、あたしゃこのままこがれ死《し》んでも、やっぱりお前《まえ》の女房《にょうぼう》でござんす」
思《おも》わず知《し》らず、我《わ》れとわが袖《そで》を濡《ぬ》らした不覚《ふかく》の涙《なみだ》に、おせんは「はッ」として首《くび》を上《あ》げたが、どうやら勝手許《かってもと》の母《はは》の耳《みみ》へは這入《はい》らなかったものか、まだ抜《ぬ》け切《き》らぬ風邪《かぜ》の咳《せき》が二つ三つ、続《つづ》けざまに聞《き》こえたばかりであった。
しばしおせんは、俯向《うつむ》いたまま眼《め》を閉《と》じていた。その眼《め》の底《そこ》を、稲妻《いなづま》のように、幼《おさな》い日《ひ》の思《おも》い出《で》が突《つ》ッ走《ぱし》った。
「おせんや」
母《はは》の声《こえ》が聞《き》かれた。
「あい」
「この暗《くら》いのに、行燈《あんどん》もつけずに」
「あい。さして暗《くら》くはござんせぬ」
「何《なに》をしておいでだか知《し》らないが、支度《したく》が出来《でき》たから御飯《ごはん》にしようわな」
「あい、いまじきに」
「暗《くら》い所《ところ》に
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