|刻《こく》も速《はや》く帰《かえ》してやんねえ」
「馬鹿《ばか》ァいわッし。そんなお接介《せっかい》は受けねえよ」
一|同《どう》の視線《しせん》が、春重《はるしげ》の上《うえ》に集《あつ》まっている暇《ひま》に、おせんは早《はや》くも月《つき》の下影《したかげ》に身《み》を隠《かく》した。
四
「お母《っか》さん」
「おや、おせんかえ」
「あい」
猫《ねこ》に追《お》われた鼠《ねずみ》のように、慌《あわただ》しく駆《か》け込《こ》んで来《き》たおせんの声《こえ》に、折《おり》から夕餉《ゆうげ》の支度《したく》を急《いそ》いでいた母《はは》のお岸《きし》は、何《なに》やら胸《むね》に凶事《きょうじ》を浮《うか》べて、勝手《かって》の障子《しょうじ》をがらりと明《あ》けた。
「どうかおしかえ」
「いいえ」
「でもお前《まえ》、そんなに息《いき》せき切《き》ってさ」
「どうもしやァしませんけれど、いまそこで、筆屋《ふでや》さんの黒《くろ》がじゃれたもんだから。……」
「ほほほほ。黒《くろ》が尾《お》を振《ふ》ってじゃれるのは、お前《まえ》を慕《した》っているからだよ。あた
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