かきだよ」
「名前《なまえ》は」
「名前《なまえ》なんざあるもんか」
「誰《だれ》のお弟子《でし》だの」
「おいらはおいらの弟子《でし》よ。絵《え》かきに師匠《ししょう》や先生《せんせい》なんざ、足手《あしで》まといになるばッかりで、物《もの》の役《やく》にゃ立《た》たねえわな」
 そういいながら、鼻《はな》の頭《あたま》を擦《こす》ったのは、変《かわ》り者《もの》の春重《はるしげ》だった。

    三

「おッとッとッと、おせんちゃん。何《な》んでそんなに急《いそ》ぎなさるんだ。みんながこれ程《ほど》騒《さわ》いでるんだぜ。靨《えくぼ》の一つも見《み》せてッてくんねえな」
「そうだそうだ。どんなに待《ま》ったか知《し》れやァしねえよ。おめえに急《いそ》いで帰《かえ》られたんじゃ、待《ま》ってたかいがありゃァしねえ」
 それと知《し》って、おせんを途中《とちゅう》に押《お》ッ取《と》りかこんだ多勢《おおぜい》は、飴屋《あめや》の土平《どへい》があっ気《け》に取《と》られていることなんぞ、疾《と》うの昔《むかし》に忘《わす》れたように、我《わ》れ先《さき》にと、夕《ゆう》ぐれ時《どき》
前へ 次へ
全263ページ中176ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
邦枝 完二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング