懸《きかか》ったのは、この春頃《はるごろ》から江戸中《えどじゅう》を、隈《くま》なく歩《ある》き廻《まわ》っている飴売土平《あめうりどへい》。まだ三十にはならないであろう。おどけてはいるが、どこか犯《おか》し難《がた》いところのある顔《かお》かたちは、敵《かたき》持《も》つ武家《ぶけ》が、世《よ》を忍《しの》んでの飴売《あめうり》だとさえ噂《うわさ》されて、いやが上《うえ》にも人気《にんき》が高《たか》く、役者《やくしゃ》ならば菊之丞《きくのじょう》、茶屋女《ちゃやおんな》なら笠森《かさもり》おせん、飴屋《あめや》は土平《どへい》、絵師《えし》は春信《はるのぶ》と、当時《とうじ》切《き》っての評判者《ひょうばんもの》だった。
「わッ、土平《どへい》だ土平《どへい》だ」
「それ、みんな来《こ》い、みんな来《こ》いやァイ」
「お母《っか》ァ、銭《ぜに》くんな」
「父《ちゃん》、おいらにも銭《ぜに》くんな」
「あたいもだ」
「あたしもだ」
軒端《のきば》に立《た》つ蚊柱《かばしら》のように、どこからともなく集《あつ》まって来《き》た子供《こども》の群《むれ》は、土平《どへい》の前後左右《ぜ
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