「えッ」
「おれだよ。彫職人《ほりしょくにん》の松《まつ》五|郎《ろう》」
六
留《と》めるのもきかずに松《まつ》五|郎《ろう》が火《ひ》のようになって出《で》て行《い》ってしまった後《あと》の画室《がしつ》には、春信《はるのぶ》がただ一人《ひとり》おこのの置《お》いて行《い》った帯《おび》を前《まえ》にして、茫然《ぼうぜん》と煙管《きせる》をくわえていたが、やがて何《なに》か思《おも》いだしたのであろう。突然《とつぜん》顔《かお》をあげると、吐《は》きだすように藤吉《とうきち》を呼《よ》んだ。
「藤吉《とうきち》。――これ藤吉《とうきち》」
「へえ」
いつにない荒《あら》い言葉《ことば》に、あわてて次《つぎ》の間《ま》から飛《と》んで出《で》た藤吉《とうきち》は、敷居際《しきいぎわ》で、もう一|度《ど》ぺこりと頭《あたま》を下《さ》げた。
「何《なに》か御用《ごよう》で」
「羽織《はおり》を出《だ》しな」
「へえ。――どッかへお出《で》かけなさるんで。……」
「余計《よけい》な口《くち》をきかずに、速《はや》くするんだ」
「へえ」
何《なに》が何《なに》やら、一|向
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