《さかいや》のお上《かみ》さんだと。そりゃァおかしい。何《なに》かの間違《まちが》いじゃねえのかの」
「間違《まちが》いどころじゃござんせん。真正証銘《しんしょうしょうめい》のお上《かみ》さんでござんすよ」
「お上《かみ》さんが、何《な》んの用《よう》で、こんなにおそく来《き》なすったんだ」
ついに一|度《ど》も来《き》たことのない、中村松江《なかむらしょうこう》の女房《にょうぼう》が、訪《たず》ねて来《き》たと聞《き》いただけでは、春信《はるのぶ》は、直《す》ぐさまその気《き》になれなかったのであろう。絵《え》の具《ぐ》から眼《め》を離《はな》すと、藤吉《とうきち》の顔《かお》をあらためて見直《みなお》した。
「何《なん》の御用《ごよう》か存《ぞん》じませんが、一|刻《こく》も早《はや》くお師匠《ししょう》さんにお目《め》にかかって、お願《ねが》いしたいことがあると、それはそれは、急《いそ》いでおりますんで。……」
「はァてな。――何《な》んにしても、来《き》たとあれば、ともかくこっちへ通《とお》すがいい」
藤吉《とうきち》が、あたふたと行《い》ってしまうと、春信《はるのぶ》は仕
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