でげす。それともこのまま帰《かえ》りやしょうか」
 被《かぶ》っていた桐油《とうゆ》を、見世《みせ》の隅《すみ》へかなぐり棄《す》てて、ふところから取出《とりだ》した鉈豆煙管《なたまめぎせる》[#「鉈豆煙管」は底本では「鉈煙管」]へ、叺《かます》の粉煙草《こなたばこ》を器用《きよう》に詰《つ》めた松《まつ》五|郎《ろう》は、にゅッと煙草盆《たばこぼん》へ手《て》を伸《の》ばしながら、ニヤリと笑《わら》って暖簾口《のれんぐち》を見詰《みつ》めた。
「松《まつ》つぁん」
「へえ」
「若旦那《わかだんな》が、こっちへとおいなさる」
「そいつァどうも。――」
「おっと待《ま》った。その足《あし》で揚《あ》がられちゃかなわない。辰《たつ》どん、裏《うら》の盥《たらい》へ水《みず》を汲《く》みな」
 番頭《ばんとう》の幸兵衛《こうべえ》は、壁《かべ》の荒塗《あらぬ》りのように汚泥《はね》の揚《あ》がっている松《まつ》五|郎《ろう》の脛《すね》を、渋《しぶ》い顔《かお》をしてじっと見守《みまも》った。
「ふふふ、松《まつ》五|郎《ろう》は、見《み》かけに寄《よ》らねえ忠義者《ちゅうぎもの》でげすぜ」
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