の隠居《いんきょ》の骨折《ほねお》りで、出《だ》させてもらった笠森稲荷《かさもりいなり》の水茶屋《みずぢゃや》が忽《たちま》ち江戸中《えどじゅう》の評判《ひょうばん》となっては、凶《きょう》が大吉《だいきち》に返《かえ》った有難《ありがた》さを、涙《なみだ》と共《とも》に喜《よろこ》ぶより外《ほか》になく、それにつけても持《も》つべきは娘《むすめ》だと、近頃《ちかごろ》、お岸《きし》が掌《て》を合《あわ》せるのは、笠森様《かさもりさま》ではなくておせんであった。
「おせん」
「あい」
「つかぬことを訊《き》くようだが、おまえ毎日《まいにち》見世《みせ》へ出《で》ていて、まだこれぞと思《おも》う、好《す》いたお方《かた》は出来《でき》ないのかえ」
「まあ何《なに》かと思《おも》えばお母《かあ》さんが。――あたしゃそんな人《ひと》なんか、ひとりもありァしませんよ」
「ほほほほ。お怒《おこ》りかえ」
「怒《おこ》りゃしませんけれど、あたしゃ男《おとこ》は嫌《きら》いでござんす」
「なに、男《おとこ》は嫌《きら》いとえ」
「あい」
「ほんにまァ。――」
この春《はる》まで、まだまだ子供《こど
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