ようから、その手拭《てぬぐい》をこっちへお出《だ》し」
「いいえ、汗《あせ》さえ流《なが》せばようござんすから……」
「何《なに》をいうのさ。いいからこっちへお向《む》きというのに」
二十二で伜《せがれ》の千|吉《きち》を生《う》み、二十六でおせんを生《う》んだその翌年《よくねん》、蔵前《くらまえ》の質見世《しちみせ》伊勢新《いせしん》の番頭《ばんとう》を勤《つと》めていた亭主《ていしゅ》の仲吉《なかきち》が、急病《きゅうびょう》で亡《な》くなった、幸《こう》から不幸《ふこう》への逆落《さかおと》しに、細々《ほそぼそ》ながら人《ひと》の縫物《ぬいもの》などをさせてもらって、その日《ひ》その日《ひ》を過《す》ごして早《はや》くも十八|年《ねん》。十八に家出《いえで》をしたまま、いまだに行方《ゆくえ》も知《し》れない伜《せがれ》千|吉《きち》の不甲斐《ふがい》なさは、思《おも》いだす度毎《たびごと》にお岸《きし》が涙《なみだ》の種《たね》ではあったが、踏《ふ》まれた草《くさ》にも花咲《はなさ》くたとえの文字通《もじどお》り、去年《きょねん》の梅見時分《うめみじぶん》から伊勢新《いせしん》
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