思《おも》ってさ」
「おや、それは御親切《ごしんせつ》に、有難《ありがと》うはござんすが、あたしゃいまも申《もう》します通《とお》り、風邪《かぜ》を引《ひ》いたお母《かあ》さんと、お見世《みせ》へおいでのお客様《きゃくさま》がござんすから。――」
「この雨《あめ》だ。いくら何《な》んでも、お客《きゃく》の方《ほう》は、気《き》になるほど行《い》きもしまい。それとも誰《だれ》ぞ、約束《やくそく》でもした人《ひと》がお有《あ》りかの」
「まァ何《な》んでそのようなお人《ひと》が。――」
「そんなら別《べつ》に、一|時《とき》やそこいら遅《おそ》くなったとて、案《あん》ずることもなかろうじゃないか」
「お母《かあ》さんが首《くび》を長《なが》くして、薬《くすり》を待《ま》ってでございます」
「これ、おせんちゃん」
「ああもし。――」
「お手間《てま》を取《と》らせることじゃない。ちと折《おり》いって、相談《そうだん》したい訳《わけ》もある。ついそこまで、ほんのしばらく、つき合《あ》っておくれでないか」
「さァそれが。……」
「おまえ、お袋《ふくろ》さんの、薬《くすり》を買《か》いに行《い》っ
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