んな》徳太郎《とくたろう》ではあったが、親孝行《おやこうこう》の話《はなし》を切《き》ッかけに、あらたまっておせんを見詰《みつ》めたその眼《め》には、いつもと違《ちが》った真剣《しんけん》な心持《こころもち》が不思議《ふしぎ》に根強《ねづよ》く現《あらわ》れていた。
「お前《まえ》さんは、これから何《なに》か、急《きゅう》な御用《ごよう》がお有《あり》かの」
「あい、肝腎《かんじん》のお見世《みせ》の方《ほう》を、脱《ぬ》けて来《き》たのでござんすから、一|刻《こく》も速《はや》く帰《かえ》りませぬと、お母《かあ》さんにいらぬ心配《しんぱい》をかけますし、それに、折角《せっかく》のお客様《きゃくさま》にも、申訳《もうしわけ》がござんせぬ」
「お客《きゃく》の心配《しんぱい》は、別《べつ》にいりゃァすまいがの。しかし、お母《かあ》さんといわれて見《み》ると。……」
「何《なに》か御用《ごよう》でござんすかえ」
「なァにの。思《おも》いがけないところで出遭《であ》った、こんな間《ま》のいいことは、願《ねが》ってもありゃァしないからひとつどこぞで、御飯《ごはん》でもつき合《あ》ってもらおうと
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