て、道《みち》の良《よ》し悪《わる》しも、横《よこ》ッ降《ぷ》りにふりかかる雨《あめ》のしぶきも、今《いま》は他所《よそ》の出来事《できごと》でもあるように、まったく意中《いちゅう》にないらしかった。
「ちょいと姐《ねえ》さん。いえさ、そこへ行《い》くのは、おせんちゃんじゃないかい」
それと呼《よ》び止《と》めた徳太郎《とくたろう》の声《こえ》は、どうやら勝手《かって》のわるさにふるえていた。
「え」
くるりと振《ふ》り向《む》いたおせんは、頭巾《ずきん》の中《なか》で、眼《め》だけに愛嬌《あいきょう》をもたせながら、ちらりと徳太郎《とくたろう》の顔《かお》を偸《ぬす》み見《み》たが、相手《あいて》がしばしば見世《みせ》へ寄《よ》ってくれる若旦那《わかだんな》だと知《し》ると、あらためて腰《こし》をかがめた。
「おやまァ若旦那《わかだんな》、どちらへおいででござんす」
「つい、そこの不動様《ふどうさま》へ、参詣《さんけい》に行《い》ったのさ。――そうしてお前《まえ》さんは」
「お母《かあ》さんの薬《くすり》を買《か》いに、浜町《はまちょう》までまいりました。」
「浜町《はまちょう》
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