んな頓狂《とんきょう》な声《こえ》を出《だ》すんだ。いくら雨《あめ》の中《なか》でも、人様《ひとさま》に聞《き》かれたら事《こと》じゃァないか」
「へいへい」
「お前《まえ》、あとからついといで」
 目《め》はしの利《き》いたところが、まず何《なに》よりの身上《しんしょう》なのであろう。若旦那《わかだんな》のお供《とも》といえば、常《つね》に市《いち》どんと朋輩《ほうばい》から指《さ》される慣《なら》わしは、時《とき》にかけ[#「かけ」に傍点]蕎麦《そば》の一|杯《ぱい》くらいには有《あ》りつけるものの、市松《いちまつ》に取《と》っては、寧《むし》ろ見世《みせ》に坐《すわ》って、紙《かみ》の小口《こぐち》をそろえている方《ほう》が、どのくらい楽《らく》だか知《し》れなかった。
 が、そんな小僧《こぞう》の苦楽《くらく》なんぞ、背中《せなか》にとまった蝿程《はえほど》にも思《おも》わない徳太郎《とくたろう》の、おせんと聞《き》いた夢中《むちゅう》の歩《あゆ》みは、合羽《かっぱ》の下《した》から覗《のぞ》いている生《なま》ッ白《しろ》い脛《すね》に出《で》た青筋《あおすじ》にさえうかがわれ
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