ら、おせんはきょうか明日《あす》かと、出来《でき》上《あが》る日《ひ》を、どんなに待《ま》ったか知《し》れなかったが、心魂《しんこん》を傾《かたむ》けつくす仕事《しごと》だから、たとえなにがあっても、その日《ひ》までは見《み》に来《き》ちゃァならねえ、行《ゆ》きますまいと誓《ちか》った言葉《ことば》の手前《てまえ》もあり、辛抱《しんぼう》に辛抱《しんぼう》を重《かさ》ねて来《き》たとどのつまりが、そこは女《おんな》の乱《みだ》れる思《おも》いの堪《た》え難《がた》く、きのうときょうの二|度《ど》も続《つづ》けて、この仕事場《しごとば》を、ひそかに訪《おとず》れる気《き》になったのであろう。頭巾《ずきん》の中《なか》に瞠《みは》った眼《め》には、涙《なみだ》の露《つゆ》が宿《やど》っていた。
「親方《おやかた》。――もし親方《おやかた》」
 もう一|度《ど》おせんは奥《おく》へ向《むか》って、由斎《ゆうさい》を呼《よ》んで見《み》た。が、聞《きこ》えるものは、わずかに樋《とい》を伝《つた》わって落《お》ちる、雨垂《あまだ》れの音《おと》ばかりであった。
 軒端《のきば》の柳《やなぎ》が、
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