人《ひと》だったのだから。――
 何某《なにがし》の御子息《ごしそく》、何屋《なにや》の若旦那《わかだんな》と、水茶屋《みずちゃや》の娘《むすめ》には、勿体《もったい》ないくらいの縁談《えんだん》も、これまでに五つや十ではなく、中《なか》には用人《ようにん》を使者《ししゃ》に立《た》てての、れッき[#「れッき」に傍点]としたお旗本《はたもと》からの申込《もうしこ》みも二三は数《かぞ》えられたが、その度毎《たびごと》に、おせんの首《くび》は横《よこ》に振《ふ》られて、あったら玉《たま》の輿《こし》に乗《の》りそこねるかと人々《ひとびと》を惜《お》しがらせて来《き》た腑甲斐《ふがい》なさ、しかも胸《むね》に秘《ひ》めた菊之丞《きくのじょう》への切《せつ》なる思《おも》いを、知《し》る人《ひと》とては一人《ひとり》もなかった。
 名人《めいじん》由斎《ゆうさい》に、心《こころ》の内《うち》を打《う》ちあけて、三|年前《ねんまえ》に中村座《なかむらざ》を見《み》た、八百|屋《や》お七の舞台姿《ぶたいすがた》をそのままの、生人形《いきにんぎょう》に頼《たの》み込《こ》んだ半年前《はんとしまえ》か
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