思《おも》い出《だ》したように、かるく雨戸《あまど》を撫《な》でて行《い》った。

    四

「若旦那《わかだんな》。――もし、若旦那《わかだんな》」
「うるさいね。ちと黙《だま》ってお歩《ある》きよ」
「そう仰《おっ》しゃいますが、これを黙《だま》って居《お》りましたら、あとで若旦那《わかだんな》に、どんなお小言《こごと》を頂戴《ちょうだい》するか知《し》れませんや」
「何《な》んだッて」
「あすこを御覧《ごらん》なさいまし。ありゃァたしかに、笠森《かさもり》のおせんさんでござんしょう」
「おせんがいるッて。――ど、どこに」
 薬研堀《やげんぼり》の不動様《ふどうさま》へ、心願《しんがん》があっての帰《かえ》りがけ、黒《くろ》八|丈《じょう》の襟《えり》のかかったお納戸茶《なんどちゃ》の半合羽《はんがっぱ》に奴蛇《やっこじゃ》の目《め》を宗《そう》十|郎《ろう》好《ごの》みに差《さ》して、中小僧《ちゅうこぞう》の市松《いちまつ》を供《とも》につれた、紙問屋《かみどんや》橘屋《たちばなや》の若旦那《わかだんな》徳太郎《とくたろう》の眼《め》は、上《うわ》ずッたように雨《あめ》の中《
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