ずきん》で顔《かお》を包《つつ》んだおせんが、傘《かさ》を肩《かた》にして立《た》っていた。
「親方《おやかた》は」
「仕事《しごと》なんで。――」
「御免《ごめん》なさいよ」
「ぁッいけません。お前《まえ》さんをお上《あ》げ申《もう》しちゃ、叱《しか》られる」
「ほほほほ、そんな心配《しんぱい》は止《や》めにしてさ」
「でもあたしが親方《おやかた》に。――」
「坊主《ぼうず》」と、鋭《するど》い声《こえ》が奥《おく》から聞《きこ》えた。
「へえ」
「いまもいった通《とお》りだ。たとえどなたでも、仕事場《しごとば》へは通《とお》しちゃならねえ」
「親方《おやかた》」と、おせんは訴《うった》えるように声《こえ》をかけた。
「どうかきょうだけ、堪忍《かんにん》しておくんなさいよ」
「いけねえ」
「あたしゃお前《まえ》さんに、断《ことわ》られるのを知《し》りながら、もう辛抱《しんぼう》が出来《でき》なくなって、この雨《あめ》の中《なか》を来《き》たんじゃござんせんか。――後生《ごしょう》でござんす。ちょいとの間《あいだ》だけでも。……」
「折角《せっかく》だが、お断《ことわ》りしやすよ。あっ
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