ことがあるもんか。ゆうべ遅《おそ》く仕事場《しごとば》へ蝋燭《ろうそく》を持《も》って這入《はい》って来《き》たなァ、おめえより外《ほか》にねえ筈《はず》だぜ。こいつァただの人形《にんぎょう》じゃねえ。菊之丞《きくのじょう》さんの魂《たましい》までも彫《ほ》り込《こ》もうという人形《にんぎょう》だ。粗相《そそう》があっちゃァならねえと、あれ程《ほど》いっておいたじゃねえか」
二
廂《ひさし》の深《ふか》さがおいかぶさって、雨《あめ》に煙《けむ》った家《いえ》の中《なか》は、蔵《くら》のように手許《てもと》が暗《くら》く、まだ漸《ようや》く石町《こくちょう》の八つの鐘《かね》を聞《き》いたばかりだというのに、あたりは行燈《あんどん》がほしいくらい、鼠色《ねずみいろ》にぼけていた。
軒《のき》の樋《とい》はここ十|年《ねん》の間《あいだ》、一|度《ど》も換《か》えたことがないのであろう。竹《たけ》の節々《ふしぶし》に青苔《あおこけ》が盛《も》り上《あが》って、その破《わ》れ目《め》から落《お》ちる雨水《あまみず》が砂時計《すなどけい》の砂《すな》が目《め》もりを落《お》ちる
前へ
次へ
全263ページ中104ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
邦枝 完二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング