》しで会《あ》わせようの、二人《ふたり》で話《はなし》をさせようのと、そんな訳合《わけあい》じァありゃしない。松江《しょうこう》は日頃《ひごろ》、おいらの絵《え》が大好《だいす》きとかで、板《いた》おろしをしたのはもとより、版下《はんした》までを集《あつ》めている程《ほど》の好《す》き者《しゃ》仲間《なかま》、それがゆうべ、芝居《しばい》の帰《かえ》りにひょっこり寄《よ》って、この次《つぎ》の狂言《きょうげん》には、是非《ぜひ》とも笠森《かさもり》おせんちゃんを、芝居《しばい》に仕組《しく》んで出《だ》したいとの、たっての望《のぞ》みさ。どういう筋《すじ》に仕組《しく》むのか、そいつは作者《さくしゃ》の重助《じゅうすけ》さんに謀《はか》ってからの寸法《すんぽう》だから、まだはっきりとはいえないとのことだった、松江《しょうこう》が写《うつ》したお前《まえ》の姿《すがた》を、舞台《ぶたい》で見《み》られるとなりゃ、何《な》んといっても面白《おもしろ》い話《はなし》。おいらは二つ返事《へんじ》で、手《て》を打《う》ってしまったんだ。――そこで、善《ぜん》は急《いそ》げのたとえをそのまま、あしたの朝《あさ》、ここへおせんに来《き》てもらおうから、太夫《たゆう》ももう一|度《ど》、ここまで出《で》て来《き》てもらいたいと、約束事《やくそくごと》が出来《でき》たんだが、――のうおせん。おいらの前《まえ》じゃ、肌《はだ》まで見《み》せて、絵《え》を写《うつ》させるお前《まえ》じゃないか、相手《あいて》が誰《だれ》であろうと、ここで一時《いっとき》、茶のみ話《ばなし》をするだけだ。心持《こころも》よく会《あ》ってやるがいいわな」
「さァ。――」
「今更《いまさら》思案《しあん》もないであろう。こうしているうちにも、もうそこらへ、やって来《き》たかも知《し》れまいて」
「まァ、師匠《ししょう》さん」
「はッはッは。お前《まえ》、めっきり気《き》が小《ちい》さくなったの」
「そんな訳《わけ》じゃござんせぬが、あたしゃ知《し》らない役者衆《やくしゃしゅう》とは。……」
「ほい、まだそんなことをいってるのか。なまじ知《し》ってる顔《かお》よりも、はじめて会《あ》って見《み》る方《ほう》に、はずむ話《はなし》があるものだ。――それにお前《まえ》、相手《あいて》は当時《とうじ》上上吉《じょうじょうきち》の女形《おやま》、会《あ》ってるだけでも、気《き》が晴《は》れ晴《ば》れとするようだぜ」
ふと、とんぼの影《かげ》が障子《しょうじ》から離《はな》れた。と同時《どうじ》に藤吉《とうきち》の声《こえ》が、遠慮勝《えんりょが》ちに縁先《えんさき》から聞《きこ》えた。
「師匠《ししょう》、太夫《たゆう》がおいでになりました」
「おおそうか。直《す》ぐにこっちへお通《とお》ししな」
じっと畳《たたみ》の上《うえ》を見詰《みつ》めているおせんは、たじろぐように周囲《しゅうい》を見廻《みまわ》した。
「お師匠《ししょう》さん、後生《ごしょう》でござんす。あたしをこのまま、帰《かえ》しておくんなさいまし」
「なんだって」
春信《はるのぶ》は大《おお》きく眼《め》を見《み》ひらいた。
七
たとえば青苔《あおこけ》の上《うえ》に、二つ三つこぼれた水引草《みずひきそう》の花《はな》にも似《に》て、畳《たたみ》の上《うえ》に裾《すそ》を乱《みだ》して立《た》ちかけたおせんの、浮《う》き彫《ぼり》のような爪先《つまさき》は、もはや固《かた》く畳《たたみ》を踏《ふ》んではいなかった。
「ははは、おせん。みっともない、どうしたというんだ」
春信《はるのぶ》の、いささか当惑《とうわく》した視線《しせん》は、そのまま障子《しょうじ》の方《ほう》へおせんを追《お》って行《い》ったが、やがて追《お》い詰《つめ》られたおせんの姿《すがた》が、障子《しょうじ》の際《きわ》にうずくまるのを見《み》ると、更《さら》に解《げ》せない思《おも》いが胸《むね》の底《そこ》に拡《ひろ》がってあわてて障子《しょうじ》の外《そと》にいる藤吉《とうきち》に声《こえ》をかけた。
「藤吉《とうきち》、堺屋《さかいや》の太夫《たゆう》に、もうちっとの間《あいだ》、待《ま》っておもらい申《もう》してくれ」
「へえ」
おおかた、もはや縁先近《えんさきちか》くまで来《き》ていたのであろう。藤吉《とうきち》が直《す》ぐさま松江《しょうこう》に春信《はるのぶ》の意《い》を伝《つた》えて、池《いけ》の方《ほう》へ引《ひ》き返《かえ》してゆく気配《けはい》が、障子《しょうじ》に映《うつ》った二つの影《かげ》にそれと知《し》れた。
「おせん」
「あい」
「お前《まえ》、何《なに》か訳《わけ》があってだの」
「い
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