めて春重《はるしげ》の顔《かお》を見守《みまも》った。
「重《しげ》さん、お前《まえ》、相変《あいかわ》らず素《す》ばしっこいよ」
「なんでよ」
「犬《いぬ》の皮《かわ》をかぶって、おせんの裸《はだか》を思《おも》う存分《ぞんぶん》見《み》た上《うえ》に写《うつ》し取《と》って来《く》るなんざ、素人《しろうと》にゃ、鯱鉾立《しゃちほこだち》をしても、考《かんが》えられる芸《げい》じゃねえッてのよ」
「ふふふ、そんなこたァ朝飯前《あさめしまえ》だよ。――おいらぁ実《じつ》ァ、もうちっといいことをしてるんだぜ」
「ほう、どんなことを」
「聞《き》きてえか」
「聞《き》かしてくんねえ」
「ただじゃいけねえ、一|朱《しゅ》だしたり」
「一|朱《しゅ》は高《たけ》えの」
「なにが高《たけ》えものか。時《とき》によったら、安《やす》いくらいのもんだ。――だがきょうは見《み》たところ、一|朱《しゅ》はおろか、財布《さいふ》の底《そこ》にゃ十|文《もん》もなさそうだの」
「けちなことァおいてくんねえ。憚《はばか》ンながら、あしたあさまで持越《もちこ》したら、腹《はら》が冷《ひ》え切《き》っちまうだろうッてくれえ、今夜《こんや》は財布《さいふ》が唸《うな》ってるんだ」
「それァ豪儀《ごうぎ》だ。ついでだ、ちょいと拝《おが》ませな」
「ふん、重《しげ》さん。眼《め》をつぶさねえように、大丈夫《だいじょうぶ》か」
「小判《こばん》の船《ふね》でも着《つ》きゃしめえし、御念《ごねん》にゃ及《およ》び申《もう》さずだ」
財布《さいふ》はなかった。が、おおかた晒《さら》しの六|尺《しゃく》にくるんだ銭《ぜに》を、内《うち》ぶところから探《さぐ》っているのであろう。松《まつ》五|郎《ろう》は暫《しば》しの間《あいだ》、唖《おし》が筍《たけのこ》を掘《ほ》るような恰好《かっこう》をしていたが、やがて握《にぎ》り拳《こぶし》の中《なか》に、五六|枚《まい》の小粒《こつぶ》を器用《きよう》に握《にぎ》りしめて、ぱっと春重《はるしげ》の鼻《はな》の先《さき》で展《ひろ》げてみせた。
「どうだ、親方《おやかた》」
「ほう、こいつァ珍《めずら》しい。どこで拾《ひろ》った」
「冗談《じょうだん》いわっし。当節《とうせつ》銭《ぜに》を落《おと》す奴《やつ》なんざ、江戸中《えどじゅう》尋《たず》ねたってあるもんじゃねえ。稼《かせ》えだんだ」
「版下《はんした》か」
「はん[#「はん」に傍点]ははん[#「はん」に傍点]だが、字《じ》が違《ちが》うやつよ。ゆうべお旗本の蟇《がま》本多《ほんだ》の部屋《へや》で、半《はん》を続《つづ》けて三|度《ど》張《は》ったら、いう目《め》が出《で》ての俄《にわか》分限《ぶんげん》での、急《きゅう》に今朝《けさ》から仕事《しごと》をするのがいやンなって、天道様《てんとうさま》がべそをかくまで寝《ね》てえたんだが蝙蝠《こうもり》と一|緒《しょ》に、ぶらりぶらりと出《で》たとこを、浅草《あさくさ》でばったり出遭《であ》ったのが若旦那《わかだんな》。それから先《さき》は、お前《まえ》さんに見《み》られた通《とお》りのあの始末《しまつ》だ。――」
「そいつァ夢《ゆめ》に牡丹餅《ぼたもち》だの。十|文《もん》と踏《ふ》んだ手《て》の内《うち》が、三|両《りょう》だとなりゃァ一|朱《しゅ》はあんまり安過《やすす》ぎた。三|両《りょう》のうちから一|朱《しゅ》じゃァ、髪《かみ》の毛《け》一|本《ぽん》、抜《ぬ》くほどの痛《いた》さもあるまいて」
「こいつァ今夜《こんや》のもとでだからの」
「そんなら止《よ》しなっ聞《きか》しちゃやらねえ」
「聞《き》かせねえ」
「だすか」
「仕方《しかた》がねえ、出《だ》しやしょう」
すると春重《はるしげ》は、きょろりと辺《あたり》を見廻《みまわ》してから、俄《にわか》に首《くび》だけ前《まえ》へ突出《つきだ》した。
「耳《みみ》をかしな」
「こうか」
「――」
「ふふ、ほんとうかい。重《しげ》さん。――」
「嘘《うそ》はお釈迦《しゃか》の御法度《ごはっと》だ」
痩《やせ》た松《まつ》五|郎《ろう》の眼《め》が再《ふたた》び春重《はるしげ》の顔《かお》に戻《もど》った時《とき》、春重《はるしげ》はおもむろに、ふところから何物《なにもの》かを取出《とりだ》して松《まつ》五|郎《ろう》の鼻《はな》の先《さき》にひけらかした。
七
足《あし》もとに、尾花《おばな》の影《かげ》は淡《あわ》かった。
「なんだい」
「なんだかよく見《み》さっし」
八の字《じ》を深《ふか》くしながら、寄《よ》せた松《まつ》五|郎《ろう》の眼先《めさき》を、ちらとかすめたのは、鶯《うぐいす》の糞《ふん》をいれて使《つか》うという、近
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