んごさゆう》をおッ取《と》り巻《ま》いて、買《か》うも買《か》わぬも一|様《よう》にわッわッと囃《はや》したてる賑《にぎ》やかさ、長屋《ながや》の井戸端《いどばた》で、一|心不乱《しんふらん》に米《こめ》を磨《と》いでいたお上《かみ》さん達《たち》までが、手《て》を前《まえ》かけで、拭《ふ》きながら、ぞろぞろつながって出《で》てくる有様《ありさま》は、流石《さすが》に江戸《えど》は物見高《ものみだか》いと、勤番者《きんばんもの》の眼《め》の玉《たま》をひっくり返《かえ》さずにはおかなかった。
「――さァさ来《き》た来《き》た、こっちへおいで、高《たか》い安《やす》いの思案《しあん》は無用《むよう》。思案《しあん》するなら谷中《やなか》へござれ。谷中《やなか》よいとこおせんの茶屋《ちゃや》で、お茶《ちゃ》を飲《の》みましょ。煙草《たばこ》をふかそ。煙草《たばこ》ふかして煙《けむ》だして、煙《けむ》の中《なか》からおせんを見《み》れば、おせん可愛《かあい》や二九からぬ。色気《いろけ》程《ほど》よく靨《えくぼ》が霞《かす》む。霞《かす》む靨《えくぼ》をちょいとつっ突《つ》いて、もしもしそこなおせん様《さま》。おはもじながらここもとは、そもじ思《おも》うて首《くび》ッたけ、烏《からす》の鳴《な》かぬ日《ひ》はあれど、そもじ見《み》ぬ日《ひ》は寝《ね》も寝《ね》つかれぬ。雪駄《せった》ちゃらちゃら横眼《よこめ》で見《み》れば、咲《さ》いた桜《さくら》か芙蓉《ふよう》の花《はな》か、さても見事《みごと》な富士《ふじ》びたえ。――さッさ買《か》いなよ買《か》わしゃんせ。土平《どへい》自慢《じまん》の人参飴《にんじんあめ》じゃ。遠慮《えんりょ》は無用《むよう》じゃ。買《か》わしゃんせ。買《か》っておせんに惚《ほ》れしゃんせ」
手振《てぶ》りまでまじえての土平《どへい》の唄《うた》は、月《つき》の光《ひかり》が冴《さ》えるにつれて、愈《いよいよ》益々《ますます》面白《おもしろ》く、子供《こども》ばかりか、ぐるりと周囲《しゅうい》に垣《かき》を作《つく》った大方《おおかた》は、通《とお》りがかりの、大人《おとな》の見物《けんぶつ》で一|杯《ぱい》であった。
「はッはッはッ。これが噂《うわさ》の高《たか》い土平《どへい》だの。いやもう感心《かんしん》感心《かんしん》。この咽《のど》では、文字太夫《もじだゆう》も跣足《はだし》だて」
「それはもう御隠居様《ごいんきょさま》。滅法《めっぽう》名代《なだい》の土平《どへい》でござんす。これ程《ほど》のいい声《こえ》は、鉦《かね》と太鼓《たいこ》で探《さが》しても、滅多《めった》にあるものではござんせぬ」
「御隠居《ごいんきょ》は、土平《どへい》の声《こえ》を、始《はじ》めてお聞《き》きなすったのかい」
「左様《さよう》」
「これはまた迂濶《うかつ》千|万《ばん》。飴売《あめうり》土平《どへい》は、近頃《ちかごろ》江戸《えど》の名物《めいぶつ》でげすぜ」
「いや、噂《うわさ》はかねて聞《き》いておったが、眼《め》で見《み》たのは今《いま》が初《はじ》めて。まことにはや。面目次第《めんぼくしだい》もござりませぬて」
「はははは。お前様《まえさま》は、おなじ名代《なだい》なら、やっぱりおせんの方《ほう》が、御贔屓《ごひいき》でげしょう」
「決《けっ》して左様《さよう》な訳《わけ》では。……」
「お隠《かく》しなさいますな。それ、そのお顔《かお》に書《か》いてある」
見物《けんぶつ》の一人《ひとり》が、近《ちか》くにいる隠居《いんきょ》の顔《かお》を指《さ》した時《とき》だった、誰《だれ》かが突然《とつぜん》頓狂《とんきょう》な声《こえ》を張《は》り上《あ》げた。
「おせんが来《き》た。あすこへおせんが帰《かえ》って来《き》た」
二
「なに、おせんだと」
「どこへどこへ」
飴売《あめうり》土平《どへい》の道化《どうけ》た身振《みぶ》りに、われを忘《わす》れて見入《みい》っていた人達《ひとたち》は、降《ふ》って湧《わ》いたような「おせんが来《き》た」という声《こえ》を聞《き》くと、一|齊《せい》に首《くび》を東《ひがし》へ振《ふ》り向《む》けた。
「どこだの」
「あすこだ。あの松《まつ》の木《き》の下《した》へ来《く》る」
斜《なな》めにうねった道角《みちかど》に、二抱《ふたかか》えもある大松《おおまつ》の、その木《き》の下《した》をただ一人《ひとり》、次第《しだい》に冴《さ》えた夕月《ゆうづき》の光《ひかり》を浴《あ》びながら、野中《のなか》に咲《さ》いた一|本《ぽん》の白菊《しらぎく》のように、静《しず》かに歩《あゆ》みを運《はこ》んで来《く》るほのかな姿《すがた》。それはまごう方《かた》な
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