ばい》も換《か》えて待《ま》ちかねだぜ」
「おっと、しまった」
「おせんちゃん。少《すこ》しも速《はや》く、急《いそ》いだ、急《いそ》いだ」
「ほほほほ。八つぁんがまた、おどけた物《もの》のいいようは。……」
駕籠《かご》を帰《かえ》したおせんの姿《すがた》は、小溝《こどぶ》へ架《か》けた土橋《どばし》を渡《わた》って、逃《のが》れるように枝折戸《しおりど》の中《なか》へ消《き》えて行《い》った。
「ふん、八五|郎《ろう》の奴《やつ》、余計《よけい》な真似《まね》をしやァがる。おせんちゃんの案内役《あんないやく》は、いっさいがっさい、おいらときまってるんだ。――よし、あとで堺屋《さかいや》の太夫《たゆう》が来《き》たら、その時《とき》あいつに辱《はじ》をかかせてやる」
手《て》の内《うち》の宝《たから》を奪《うば》われでもしたように、藤吉《とうきち》は地駄《じだ》ン駄《だ》踏《ふ》んで、あとから、土橋《どばし》をひと飛《と》びに飛《と》んで行《い》った。
鉤《かぎ》なりに曲《まが》った縁先《えんさき》では、師匠《ししょう》の春信《はるのぶ》とおせんとが、既《すで》に挨拶《あいさつ》を済《す》ませて、池《いけ》の鯉《こい》に眼《め》をやりながら、何事《なにごと》かを、声《こえ》をひそめて話《はな》し合《あ》っていた。
「八つぁん、ちょいと来《き》てくんな」
「何《な》んだ藤《とう》さん」
立《た》って来《き》た八五|郎《ろう》を、睨《にら》めるようにして、藤吉《とうきち》は口《くち》を尖《とが》らせた。
「お前《まえ》、あとから誰《だれ》が来《く》るか、知《し》ってるかい」
「知《し》らねえ」
「それ見《み》な。知《し》らねえで、よくそんなお接介《せっかい》が出来《でき》たもんだの」
「お接介《せっかい》たァ何《な》んのこッた」
「おせんちゃんを、先《さき》に立《た》って連《つ》れてくなんざ、お接介《せっかい》だよ」
「冗談《じょうだん》じゃねえ。おせんちゃんは、師匠《ししょう》に頼《たの》まれて、おいらが呼《よ》びに行《い》ったんだぜ。――おめえはまだ、顔《かお》を洗《あら》わねえんだの」
顔《かお》はとうに洗《あら》っていたが、藤吉《とうきち》の眼頭《めがしら》には、目脂《めやに》が小汚《こぎた》なくこすり付《つ》いていた。
六
赤《あか》
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