#「こく」に傍点]の鼻緒《はなお》の草履《ぞうり》を、後《うしろ》の仙蔵《せんぞう》にそろえさせて、扇《おうぎ》で朝日《あさひ》を避《さ》けながら、静《しず》かに駕籠《かご》を立《た》ち出《で》たおせんは、どこぞ大店《おおだな》の一人娘《ひとりむすめ》でもあるかのように、如何《いか》にも品《ひん》よく落着《おちつ》いていた。
「藤吉《とうきち》さん。ここであたしを、待《ま》ってでござんすかえ」
「そうともさ、肝腎《かんじん》の万年青《おもと》の掃除《そうじ》を半端《はんぱ》でやめて、半時《はんとき》も前《まえ》から、お前《まえ》さんの来《く》るのを待《ま》ってたんだ。――だがおせんちゃん。お前《まえ》は相変《あいかわ》らず、師匠《ししょう》の絵《え》のように綺麗《きれい》だのう」
「おや、朝《あさ》ッからおなぶりかえ」
「なぶるどころか。おいらァ惚《ほ》れ惚《ぼ》れ見《み》とれてるんだ。顔《かお》といい、姿《すがた》といい、お前《まえ》ほどの佳《い》い女《おんな》は江戸中《えどじゅう》探《さが》してもなかろうッて、師匠《ししょう》はいつも口癖《くちぐせ》のようにいってなさるぜ。うちのお鍋《なべ》も女《おんな》なら、おせんちゃんも女《おんな》だが、おんなじ女《おんな》に生《うま》れながら、お鍋《なべ》はなんて不縹緻《ぶきりょう》なんだろう。お鍋《なべ》とはよく名《な》をつけたと、おいらァつくづくあいつの、親父《おやじ》の智恵《ちえ》に感心《かんしん》してるんだが、それと違《ちが》っておせんさんは、弁天様《べんてんさま》も跣足《はだし》の女《おんな》ッぷり。いやもう江戸《えど》はおろか日本中《にほんじゅう》、鉦《かね》と太鼓《たいこ》で探《さが》したって……」
「おいおい藤《とう》さん」
 肩《かた》を掴《つか》んで、ぐいと引《ひ》っ張《ぱ》った。その手《て》で、顔《かお》を逆《さか》さに撫《な》でた八五|郎《ろう》は、もう一|度《ど》帯《おび》を把《と》って、藤吉《とうきち》を枝折戸《しおりど》の内《うち》へ引《ひ》きずり込《こ》んだ。
「何《なに》をするんだ。八つぁん」
「何《なに》もこうありゃァしねえ。つべこべと、余計《よけい》なことをいってねえで、速《はや》くおせんちゃんを、奥《おく》へ案内《あんない》してやらねえか。師匠《ししょう》がもう、茶《ちゃ》を三|杯《
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